内分泌

副腎皮質癌の生物学とゲノミクス

副腎皮質癌(ACC)は稀な腫瘍であり、ミトタンや白金製剤による薬物加療の効果は限定的である。近年、次世代シーケンサー、一塩基多型(SNP)アレイ、メチル化アレイなどのゲノムワイドな分子アプローチが進歩し、癌細胞の特徴付けが可能となった。

Wnt/β-catenin signaling

Wnt/β-catenin signalingは副腎の形成・帯状分布・再生にとって欠かせない。正常副腎においてWnt/β-catenin signalingは球状層の過形成とアルドステロン産生の増加を増やす役割もある。
副腎皮質腫瘍ではWnt/β-catenin経路を活性化するような体細胞変異が生じる。副腎皮質癌のWnt/β-catenin経路の活性化はアルドステロンではなくコルチゾール産生と関連がある。

副腎皮質細胞の分化

副腎の幹細胞・前駆細胞は被膜や球状層(zG)に存在し、中心に向かって分化する。球状層の細胞はSonic hedgehog(SHH)を産生し、被膜のGLI familyを活性化させ、それがRSPO3の発現を促進し、Wntシグナルが活性化する。球状層(zG)と束状層(zF)の境界部は細胞分裂が盛んであり、ACTHに反応して急速に増大する部分である。

副腎皮質癌の発生

副腎皮質癌は過形成や悪性転換を引き起こす遺伝的事象(例えば、Wnt経路の活性化変化や構成的細胞周期活性化につながるドライバー変化)を繰り返しながら、zGとzFの境界に存在する脆弱な集団から発生すると推測されている。

副腎分化スコア ADS

副腎皮質の分化度を評価するためステロイド合成酵素、コレステロール輸送体、それらの転写調節因子であるSF1(NR5A1)など副腎皮質に発現している重要な25の遺伝子を使用した。それを副腎分化スコア(ADS; Adrenocortical Differentiation Score)と名付けられた。ADSはWeissスコアとは関連がなく(p=0.41)、高いADSの患者にはWnt関連の変異が多くみられた(p=0.0091)

体細胞コピー数変化 SCNA

体細胞コピー数変化は全染色体の増減と特徴とする”chromosomal”パターンと多数の局所的増減を伴う高度なゲノム不安定性をもつ”noisy”パターン、大きなコピー数変化を認めない”quiet”パターンに分けられた。そして“noisy”パターンの予後が悪いことが示された。

ACCのサブタイプ分類

ACC-TCGAに基づいて副腎皮質癌は3つの分子サブタイプ(COC1,COC2,COC3)にクラスター化された。
COC1は3つの中で最も予後が良い。コルチゾール産生はなく、臨床的に非機能性もしくはアンドロゲン産生性のパターンが多い。免疫細胞浸潤が多く、副腎分化スコア(ADS)は低く、CpGiのメチル化も少ない。COC2,3は免疫細胞浸潤が少なく、Wnt経路が活性化し、コルチゾール産生も多く、副腎分化スコアも高い。COC3はCOC2よりもCpGiのメチル化が高度である。コルチゾール産生によって免疫細胞浸潤が阻害されていると考えられている。

副腎皮質癌の有望な治療ターゲット

COC2,3ではWntシグナルを阻害する薬剤、Wnt4の受容体であるFZDを阻害する薬剤、核内のβカテニンの作用を制限する薬剤などがターゲットとなる。免疫チェックポイント阻害薬はCOC1やミスマッチ修復欠損を有する腫瘍では単剤投与も効果的と考えられる。コルチゾール産生性のCOC2,3ではグルココルチコイドの分泌や作用を阻害する作用と併用することで免疫チェックポイント阻害薬が有効となる可能性がある。成長因子シグナル経路の阻害や単剤では有効性が証明されていないが、他の治療と組み合わせることで腫瘍退縮を促進することができると考えられる。SF1やDNAメチル化酵素(DNMT)阻害薬も有効と考えられる。

〈参考文献〉
Update on Biology and Genomics of Adrenocortical Carcinomas: Rationale for Emerging Therapies. Endocr Rev. 2022:bnac012. PMID: 35551369.
Comprehensive Pan-Genomic Characterization of Adrenocortical Carcinoma. Cancer Cell. 2016;29:723-736. PMID: 27165744.

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guni
総合内科と内分泌代謝科で修行中。日々勉強したことを投稿しています。 皆様の参考になればと思います。役に立ったらシェアをお願いします。間違いがあればご指摘下さい。 臨床に応用する場合は自己責任でお願いします。