成人期の成長ホルモン(GH)の分泌不全によって引き起こされる疾患である.
易疲労感, スタミナ低下, 集中力低下, 気力低下, うつ状態, 性欲低下などの自覚症状および生活の質(QOL)の低下をきたし, 皮膚の乾燥と菲薄化, 体毛の柔軟化, ウェスト/ヒップ比の増加などの身体所見を認める. 検査所見として体脂肪(内臓脂肪)の増加, 除脂肪体重の減少, 筋肉量減少, 骨塩量減少, 脂質代謝異常, 耐糖能異常, 脂肪肝(注1)を認める. 主に心血管合併症の増加に伴い死亡率が上昇する.
原因として頭蓋内器質性疾患, 手術および放射線治療歴, 頭部外傷歴やくも膜下出血の既往, 周産期異常(骨盤位分娩, 出生時仮死など), 遺伝子異常, 小児がん経験者, 特発性などがある.
GH補充療法によって自覚症状およびQOLの改善, 体組成異常・脂質代謝異常の改善, 骨塩量増加および骨折リスクの低下, 脂肪肝の改善を認める. 後ろ向きの観察研究では生命予後の改善が示唆されている.
I. 主症候および既往歴
1. 小児期発症では成長障害を伴う(注2).
2. 頭蓋内器質性疾患の合併ないし既往歴, 治療歴(注3)または周産期異常の既往がある.
II. 内分泌検査所見
1. GH分泌刺激試験として, インスリン負荷, アルギニン負荷, グルカゴン負荷, またはGHRP-2負荷を行い(注4), 下記の値が得られること(注5, 注6):
1) インスリン負荷, アルギニン負荷, またはグルカゴン負荷において, 負荷前および負荷後120分間(グルカゴン負荷では180 分間)にわたり, 30分ごとに測定した血清GHの頂値が3ng/ml以下である(注5, 注6).
2) GHRP-2負荷において, 負荷前および負荷後60分にわたり, 15分毎に測定した血清GH頂値が9ng/ml以下である(注5, 注6, 注7).
2. GHを含めて複数の下垂体ホルモンの分泌低下がある(注8).
III. 参考所見
血清(血漿)IGF-1値が年齢および性を考慮した基準値に比べ低値である(注9).
[診断基準]
成人成長ホルモン分泌不全症:
1. Iの1または2を満たし, かつIIの1で2種類以上のGH分泌刺激試験において基準を満たすもの.
2. Iの2およびIIの2を満たし, かつIIの1で1種類のGH分泌刺激試験において基準を満たすもの.
[病型分類]
重症成人成長ホルモン分泌不全症 (GH補充療法の保険適用):
成人成長ホルモン分泌不全症のうち,下記を満たすもの.
1. Iの1または2を満たし, かつIIの1で2種類以上のGH 分泌刺激試験における血清GHの頂値が1.8ng/ml以下(GHRP-2負荷では9ng/ml以下)のもの.
2. Iの2およびIIの2を満たし, かつIIの1で1種類のGH分泌刺激試験における血清GHの頂値が1.8ng/ml以下(GHRP-2負荷では9ng/ml以下)のもの.
重症以外の成人成長ホルモン分泌不全症 (GH補充療法の保険適用対象外):
成人成長ホルモン分泌不全症の診断基準に適合するもので, 重症成人成長ホルモン分泌不全症以外のもの.
(注1) 単純性脂肪肝だけではなく, 非アルコール性脂肪肝炎, 肝硬変の合併にも注意が必要である.
(注2) 適切なGH補充療法後や頭蓋咽頭腫の一部(growth without GHと呼ばれる)では成長障害を認めないことがある. また, 性腺機能低下症の存在, それに対する治療の影響も考慮する.
(注3) 頭蓋内の腫瘍[下垂体腫瘍(腺腫),頭蓋咽頭腫,胚細胞腫,髄膜腫など],炎症(多発血管炎肉芽腫など), 自己免疫(リンパ球性下垂体炎, 抗PIT1下垂体炎(抗PIT1抗体症候群)など), 肉芽腫(サルコイドーシスなど), 感染(下垂体膿瘍, 結核など), 嚢胞(ラトケ嚢胞, くも膜下嚢胞など), 血管障害(シーハン症候群など)などの器質性疾患, 頭部外傷歴やくも膜下出血の既往, 手術および放射線治療歴, 小児がん経験者(視床下部下垂体系に影響のある病態や治療を受けた者)あるいは画像検査において視床下部下垂体系の異常所見が認められ, それらにより視床下部下垂体機能障害の合併が強く示唆された場合には積極的に疑いGH分泌刺激試験を行う.原因疾患によって画像検査では軽微な所見の場合がある.
(注4) 重症成人GH分泌不全症が疑われる場合は, インスリン負荷試験またはGHRP-2負荷試験をまず試みる. インスリン負荷試験は虚血性心疾患や痙攣発作を持つ患者では禁忌である.追加検査としてアルギニン負荷あるいはグルカゴン負荷試験を行う. クロニジン負荷, L-DOPA負荷は偽性低反応を示すことがあり, GHRH 負荷試験は視床下部障害や放射線療法後に偽性反応を示すことがあるため診断基準には含まれていない.
(注5) 現在のGH測定キットはリコンビナントGHに準拠した標準品を用いている. キットによりGH値が異なるため, 成長科学協会のキット毎の補正式で補正したGH値で判定する.
(注6) 次のような状態においては, GH分泌刺激試験において低反応を示すことがあるので注意を必要とする.
1. 甲状腺機能低下症: 甲状腺ホルモンによる適切な補充療法中に検査する.
2. 中枢性尿崩症: DDAVP による治療中に検査する.
3. GH分泌に影響を与える下記のような薬剤投与中: 可能な限り投薬中止して検査する.
薬理量のグルココルチコイド, α-遮断薬, β-刺激薬, 抗ドパミン作動薬, 抗うつ薬, 抗精神病薬, 抗コリン作動薬, 抗セロトニン作動薬, 抗エストロゲン薬
4. 高齢者, 肥満者(アルギニン負荷, グルカゴン負荷試験の場合), 中枢神経疾患やうつ病に
罹患した患者. 特に高度肥満者では重症成人成長ホルモン分泌不全症の基準を満たす場合
があるが, 原因となりうる器質的疾患が明らかではない場合には治療の対象にはならない.
(注7) 重症型以外の成人GH分泌不全症を診断できるGHRP-2負荷試験の血清(血漿)GH基準値はまだ定まっていない.
(注8) 器質性疾患による複数の下垂体前葉ホルモン分泌障害を認める場合には, 下垂体炎など自己免疫機序によるものを除いて, ほとんどの場合GH分泌が障害されている.
(注9) 栄養障害, 肝障害, コントロール不良な糖尿病, 甲状腺機能低下症など他の原因による血中濃度の低下がありうる. IGF-1値が正常範囲であっても本症を否定できない点に注意が必要である.
(附1)本手引きは原則として18歳以上で用いるが, 18歳未満であってもトランジション期には本疾患の病態はすでに始まっているため, 適切な時期に評価および治療の継続を検討する.
(附2) 小児期にGH分泌不全性低身長症と診断されてGH投与による治療歴が有るものでも, 成人においてGH分泌刺激試験に正常な反応を示すことがあるので再度検査が必要である.
(附3) 再検査によって重症成人GH 分泌不全症が診断された小児期発症成人GH分泌不全症においては, トランジション期にシームレスなGH補充を継続することが重要である.
間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン 2023年