内分泌

RET変異を伴う進行甲状腺髄様癌へのRET阻害薬

はじめに

甲状腺髄様癌 (Medullary Thyroid Cancer; MTC)は甲状腺C細胞由来の神経内分泌腫瘍であり、RET遺伝子変異を伴うことが多い。RET病的変異はRETキナーゼの恒常的活性化を起こし、MAPK・PI3K・JAK-STATなどのシグナル経路を介して細胞の成長、増生、生存を促進する。
RET遺伝子変異はMEN2A・2Bと関連する遺伝性MTCのほぼ全ての症例にあり、散発性MTCの25-50%に認める。
数多くのRET変異の中で、RET M918T変異は進行甲状腺髄様癌患者に見られる最も一般的な変異である。
マルチキナーゼ阻害剤であるバンデタニブとカボザンチニブは、プラセボと比較して無増悪生存期間の延長を示した第3相ランダム化試験に基づき、症候性または進行性の切除不能、局所進行または転移性甲状腺髄様癌の治療薬として承認されている。
これら2つのマルチキナーゼ阻害剤は有効であるが、RETの阻害が最適でないこと、RET以外のキナーゼ阻害による副作用、管理が煩雑になる長い半減期、ゲートキーパー変異RET V804Xの出現による耐性獲得などによって使用が困難になることがある。
Selpercatinib(セルペルカチニブ)は、初の高選択的かつ強力な脳内浸透性のRETキナーゼ阻害剤であり、RET活性化がん患者を対象とした非ランダム化試験において、顕著かつ持続的な有効性を示している
そこで今回、キナーゼ阻害剤による治療を受けていない進行性の局所進行性または転移性RET変異甲状腺髄様癌患者を対象に、セルペルカチニブを、担当医が選択したバンデタニブまたはカボザンチニブと比較する国際非盲検第3相ランダム化試験であるLIBRETTO-531試験が実施された。

方法

患者

12歳以上の病理的に確認された切除不能な局所進行性または転移性RET変異MTCで、過去にキナーゼ阻害薬の治療歴がない患者。14ヶ月以内の画像と比較して進行性である必要がある。PSは0-2。

介入とコントロール

患者は2:1の割合でセルペルカチニブ(160mg1日2回内服)群か担当医の選択したカボザンチニブ(140mg1日1回内服)またはバンデタニブ(300mg1日1回内服)にランダムに割り付けられた。2021年11月以降はバンデタニブの入手が困難となったため、新規の対照群はカボザンチニブによる治療に限定された。
すべての試験治療は、病勢進行、許容できない毒性、同意の撤回、または死亡が起こるまで継続された。
奏効評価は、盲検化された独立中央審査と治験責任医師がRECIST(Ver1.1.26)に従って別々に評価した。治験責任医師の裁量とスポンサーの承認により、臨床的利益がある場合は、RECISTで定義された病勢進行後もセルペルカチニブによる治療を継続することが認められた。病勢進行が確認された対照群の患者は、セルペルカチニブ群へのクロスオーバーが許可された。スポンサーは、中間解析が終了するまで、主要評価項目である無増悪生存期間に関するデータを含む群間データの解析やレビューを行わなかった。

評価項目

画像評価は、ベースライン時(治療開始前28日以内)、最初の24週間は8週間ごと、その後は病勢進行が認められるまで12週間ごとに実施された。
主要評価項目はprogression-free survival (無増悪生存期間)とし、無作為化から病勢進行または死亡が発生するまでの期間と定義された。

結果

患者と治療

2020年2月から2023年3月まで291例の患者が19カ国、176施設で登録された。
患者はセルペルカチニブ群(193例)とカボザンチニブまたはバンデタニブ(対照)群(98例;73例がカボザンチニブ、25例がバンデタニブを投与)のいずれかに無作為に割り付けられた。患者のベースラインは性別以外はバランスがとれていた。
最も一般的なRET変異はM918Tであった(セルペルカチニブ群の62.7%、対照群の62.2%で同定された)。データカットオフ時点で、セルペルカチニブ群175例(90.7%)、対照群40例(40.8%)が治療を継続していた。
セルペルカチニブ群で治療継続を中止した18例(9.3%)のうち、3例は治験責任医師が評価した病勢進行、5例は有害事象による中止であり、残りの10例は死亡、担当医師の決定、プロトコール逸脱、患者の中止決定による中止であった。
対照群で治療を中止した57例(58.2%)のうち、21例は治験責任医師が評価した病勢進行が原因であり、25例は有害事象が原因であった。
対照群の31人は病勢進行が確認されたため、24人(77.4%)はセルペルカチニブの投与に移行した。

有効性

追跡期間中央値12ヵ月の時点で、無増悪生存期間中央値は、セルペルカチニブ群では未到達であり、評価できなかった対照群における無増悪生存期間中央値は16.8ヵ月(95%信頼区間[CI]、12.2~25.1)であった。病勢進行または死亡のハザード比は0.2895%CI、0.16~0.48;P<0.001)であり、これはセルペルカチニブにより無増悪生存期間が有意に改善したことを示している。12ヵ月無増悪生存率は、セルパーカチニブ群で86.8%(95%信頼区間[CI]、79.8~91.6)、対照群で65.7%(95%CI、51.9~76.4)であった。

セルペルカチニブ群で完全奏効(CR)を示した患者は23例(11.9%)、部分奏効(PR)を示した患者は111例(57.5%)であった。
対照群では完全奏効が4例(4.1%)、部分奏効が34例(34.7%)であった。
追跡期間中央値約15ヵ月の時点で、合計18人が死亡した。患者の94.8%がセルペルカチニブ群で生存しており、対照群では85.7%であった。
全死亡のハザード比は0.37(95%CI、0.15~0.95)であった。
18ヵ月時点の全生存率の推定値は、セルペルカチニブ群で95.5%(95%CI、90.1~98.0)、対照群で92.8%(95%CI、83.0~97.1)であった。

安全性

対照群で治療中に発現した主な有害事象は、下痢60.8%手掌足底紅感覚症候群42.3%高血圧41.2%であった。
セルペルカチニブ群では、主な有害事象は高血圧42.5%口渇31.6%下痢26.4%および肝酵素上昇26.4%であった。
投与中に発現したグレードを問わない有害事象で、セルペルカチニブ群よりも対照群で発現率が高かった(10%以上)ものは、下痢、肝酵素の上昇、悪心、食欲低下、手掌足底紅感覚異常症候群、無力症、低Ca血症、粘膜炎症、体重減少、嘔吐、味覚異常、蛋白尿、低K血症、口内炎などであった。
セルペルカチニブ群で対照群より高い発生率(10%以上)で治療中に発現したグレードを問わない有害事象は、口渇、末梢性浮腫、勃起不全などであった。
治療期間中に発現したグレード3以上の有害事象の発現率は、対照群で76.3%、セルペルカチニブ群で52.8%であった。
対照群で最も多く報告されたグレード3以上の重篤な有害事象は、高血圧17.5%、粘膜炎症13.4%、手掌足底紅感覚症候群9. 3%、セルペルカチニブ群では高血圧18.7%、肝酵素の上昇10.4%、QT間隔の延長4.7%であった。
治療中に発生した重篤な有害事象は、対照群で26.8%、セルペルカチニブ群で21.8%に認められた。治療中に発現した重篤な有害事象は、対照群では高血圧4.1%、膵炎2.1%が最も多く、セルペルカチニブ群では肺炎1.6%、発熱1.6%であった。

対照群における有害事象は、カボザンチニブ投与群では57例79.2%、バンデタニブ投与群では18例72.0%で減量に至り(対照群合計では77.3%)、投与中断はカボザンチニブ投与群59例81.9%およびバンデタニブ投与群16例64.0%(併用対照群77.3%)、カボザンチニブまたはバンデタニブの永久投与中止は26例(併用対照群26.8%)であった。
セルペルカチニブ群では、減量が75例38.9%投与中断が108例56.0%永久投与中止が9例4.7%であった。

結論

selpercatinib(セルペルカチニブ)はカボサンチニブやバンデタニブと比べて切除不能な局所進行性または転移性RET変異MTCで、過去にキナーゼ阻害薬の治療歴がない患者においてPFSは明らかに良い結果であった。さらにセルペルカチニブ群の方が副作用や減量、中止の割合が少なかった。セルペルカチニブの副作用として高血圧下痢口渇ALT上昇QT延長などに注意を要する。
2023年11月現在セルペルカチニブ(®レットヴィモ)はRET 融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌RET 融合遺伝子陽性の根治切除不能な甲状腺癌RET 遺伝子変異陽性の根治切除不能な甲状腺髄様癌の効能又は効果で承認されている。薬価は40mg3680円、80mg6984.5円

〈参考文献〉
Phase 3 Trial of Selpercatinib in Advanced RET-Mutant Medullary Thyroid Cancer. N Engl J Med 2023;389:1851-6.

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guni
総合内科と内分泌代謝科で修行中。日々勉強したことを投稿しています。 皆様の参考になればと思います。役に立ったらシェアをお願いします。間違いがあればご指摘下さい。 臨床に応用する場合は自己責任でお願いします。